|
スポンサーにご協力をお願い致します。 |

「黒海」というだけに、重く沈んだ海の色を想像していた。だが空港を車で出てすぐ目にした海は、拍子抜けするくらいさわやかなヒスイ色だった。夏の光にきらめく海に心が躍った。
トルコ東部、黒海沿岸のトラブゾンは紀元前から交易都市として栄えた港町。イランを経て東方へ続くシルクロードの途上にあり、現在もフェリーやバスでロシアやウクライナ、カフカス諸国と結ばれている。
「旧ソ連の崩壊時は宝物がざくざく持ち込まれたんですよ」と、案内役のジェミル・ペフリバンさん(41)が言う。かつては旅行カバン一つで商売する「スーツケース貿易」も盛んだった。
坂の町は活気にあふれ、旧ソ連諸国からの出稼ぎ女性がたむろするという、港町特有のあやしげな一角もある。高台のボズテベの丘に上ると、眼下にひしめく赤レンガ屋根の町並みと青い海のコントラストが息をのむほど美しい。
◎
トラブゾン周辺はトルコの中でも特異な歴史を持つ。13世紀初頭、十字軍の攻撃を逃れた東ローマ帝国(ビザンチン)の亡命国家「トレビゾンド」が、オスマン・トルコに滅ぼされるまで約250年間統治した。
黒海に面したアヤソフィア博物館と山中に立つスメラ僧院は、共に亡命政権時代の建造で、当時の豊かさと数奇な歴史を物語る。赤い円屋根のアヤソフィアはギリシャ正教の教会だったが、後にモスクに改築された。ビザンチンとイスラムの建築様式が混在し、修復で教会時代のフレスコ画が鮮やかによみがえった。
スメラ僧院はトラブゾンの南47キロ、標高1300メートルの岩壁に張りつくように立っていた。こちらはオスマン帝国時代を経てトルコ共和国が成立する1923年まで、ギリシャ正教の修道僧たちが身を潜め、厳しい修行に明け暮れていた。
◎
「伝統文化を守る努力も見てほしい」。本業は農業技師で、地元の産業振興に熱心なジェミルさんの勧めで、海辺の町・アクチャバットでアマチュア青年団による伝統舞踊「ホロン」を見た。兵士のような黒い衣装の少年たちが横一列に並び、哀調を帯びた弦の音色に合わせて複雑な足さばきを見せる。ロシアのコサックダンスを連想させる、躍動感あふれる踊りだった。
スメラ僧院のふもとの村ジョサンデレでは、日本の国際協力機構(JICA)の支援を受け、農家の若い女性が伝統継承の担い手となっていた。技能訓練校で学んだヒュメイラ・シェンさん(25)が、編み目模様の銀細工の技術を教える。「中央アジアからシルクロードを経て伝わった工芸。村の女性たちに仕事を与えられて名誉です」と誇らしげだ。
旅の終わりに、海岸線から車で2時間ほどの高原の湖ウズンギョルへ。緑に囲まれた湖のほとりに白いモスクが立つ、のどかな光景。夕食にニジマス料理を楽しみ、食後のトルココーヒーを飲み干したら、ジェミルさんがカップを皿にふせた。粉の描く模様で未来を読む占いだ。「ユカ、1本の道が見える。君はまたどこか遠い国を旅する」
占いはきっと当たる。心は既にシルクロードに誘われていたから。