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長い参道 山頂には涼風 京都・愛宕神社(あたごじんじゃ)


急な坂道が続き、長い長い階段を上って愛宕神社にたどり着く。たいこ持ちの一八は、ここまでさえもたどり着けなかった
東京でも大阪でも、「愛宕山」は古典落語の重要な演目だ。たいこ持ちの一八(いっぱち)は、金持ちの旦那(だんな)のお供で、愛宕詣(まい)りに出かけるが、厳しい山道にダウン。中腹で土器(かわらけ)投げに興じ……という噺(はなし)である。古くは名人・桂文楽の十八番だった。個人的には、今はなき古今亭志ん朝の優雅な高座が懐かしい。

 朝寝で宵っ張り、口先ばかりではらわたがない。志ん朝が描いた一八は、言ってみれば、運動不足の都会人。当方、44歳。同じメタボな中年として、一体どんな目に遭ったのか――。

 京都・嵐山の渡月橋から北西を眺めると、深い緑の山頂が、帽子をかぶったようにぽこっと突き出ている。それが標高924メートルの愛宕山。帽子の部分が神社だ。念仏寺からトンネルを抜けて清滝へ。小さな鳥居をくぐって参道に入る。

 「この日に参詣(さんけい)すると、千日分の御利益がある」といわれる「千日詣り」(7月31日夜から8月1日早朝)には、昼夜通しで1万人以上の人が山を登る。その直前に登った。

 子ども連れが目立つのは、「3歳までに参詣すると、火事を出さない」との言い伝えから。お年寄りのグループも、「お助け杖(づえ)」を手にゆっくり足を運ぶ。

 善男善女が参詣する道である。観光案内では「参道は4・5キロ。普通の人なら2時間か2時間半」。前日に乗ったタクシーの運転手さんは、「初めてだと2、3日は足が痛いよ」と言っていた。まあ、朝飯前だろうと、高をくくっていたが、大間違いだった。

 全体の10分の1もいかないうちに、汗が滝のように流れ、心臓がバクバクいう。想像以上にきつい。一八は旦那の奉公人・繁蔵に尻を押してもらって登ったが、こちらはひとり。2合目あたり、「茶店跡」の休憩所で、すっかりへたり込む。

 「これからは落語を聞いても笑えないなあ」とめげていたら、ベテランらしいハイカーの声が聞こえた。

 「普通の山は最初なだらかで、後が急になるんやけど、ここは逆。もう少し登ると楽になる」

 え、そうなの。

 確かに、3合目、4合目を過ぎたあたりから、なだらかになった。7合目あたりから、延々と続く石段に苦戦はしたが、約3時間半で山頂の神社にたどり着いた。とはいえ、宮司の渡辺誠さん(63)に「慣れた人なら、1時間余り」と言われ、改めて運動不足を痛感した。

 「街中とは10度近く温度が違う」と渡辺さんがいう山頂は真夏でも涼しい。全国800余りもある「愛宕神社」の総本宮には、1300年を超す歴史がある。本能寺の変の直前、明智光秀がここで「ときは今 あめが下しる 五月かな」と詠んだという。

 土を焼いた皿を、谷に設けた的に投げる「土器投げ」は今は実施されていない。「昔は参道に30軒近い茶屋が並び、土器投げもあったけど」と渡辺さん。「第2次世界大戦前に山の裏手が開発されて、遊園地やホテルが出来た。ケーブルカーも出来、参道を登る人が減って、茶屋はなくなった」

 社務所の近く、ちょっと開けた所で弁当を食べる。ホーホケキョとウグイスの声。さわやかな風。抜けるような空。一八も、もう少し頑張ればよかったのに。(田中聡、写真も)