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ドイツ南部、陽光輝くバイエルン州…のはずが、夏とは思えないほどの冷たい雨に迎えられた。
訪れたオーバーアマガウは、州都ミュンヘンから南西に約100キロ。ドイツアルプスのふもとに位置する人口5000人の小さな村は、10年に1度、国内外の観光客であふれる。キリストの受難劇を5カ月間、村人総出で演じるのだ。
キリストの生涯を描く宗教劇で初演は1634年。ペストの猛威から村を守るよう神に祈ったところ、被害が広がらずに済んだことに感謝し、演じたのが始まりという。途中から末尾が〇の年に行われるようになり、中断は2度だけだ。
演者、オーケストラ、コーラス、裏方で、計2500人。すべて村人が行う。昔は教会主導だったが、現在は村が主催し、純粋な演劇として成り立っている。村の援助で皆、幼少から楽器や歌を習う。公演半年前から毎晩演技を練習。興行としての質も高い。演者はかつら、つけひげ禁止。1年以上かけて伸ばす。警察官だって髪ぼさぼさ、ひげぼうぼうになる。
村の中心に5000人収容の専用劇場がある。舞台は半屋外で、天気が良ければ後ろに青空と山並みが広がる。公演は2年後だが、舞台裏の見学は可能。過去の公演の写真や250年前から使っている最後の晩餐(ばんさん)の食卓、キリストがはりつけにされる十字架、村人手作りの衣装などを見せてもらえた。
劇場広報のフレデリック・マイエットさん(28)は、前回2000年が初出演。キリストの弟子、ヨハネを演じた。「伝統行事に重要な役で出演でき、すごくいい思い出。当然次も出たい」
村人の半数がかかわるので、方々に俳優がいる。宿泊したホテルの主人は2回、ガイドの木彫り職人は6回出演している。「主役級以外は出番の時間だけ劇場に行って演じる。前後は普通に働くのさ」。子役は600人。日々の遊びで「受難劇ごっこ」をする光景も見られるという。世代を問わず、生活の中に劇が溶け込んでいる。
村一番のベテラン俳優、マックス・シェルヒャーさんは、生後3カ月で赤ん坊役を務めて以来、既に10回舞台を踏んでいる。10年の次回公演時には100歳になるが「わしゃ出るぞ」と意気盛んだとか。配役は来年4月に決まる。
村の中心からバスで30分。山あいにバイエルン王国の王、ルートヴィヒ2世(1845-86)が築いたリンダーホーフ城がある。美青年として名高い王は、作曲家ワーグナーを支援するなど芸術奨励の一方で、政治に失望し、理想とする古き良き時代の城づくりに没頭した。非業の死を遂げたこともあり、日本人にも人気だ。
城の規模は意外なほど小さい。極度の人間嫌いだった王が引きこもるための城で、来客を想定していないのだ。ただし内装はぜいたくの極み。フランスのベルサイユ宮殿を手本にし、金箔(きんぱく)や装飾画が施された壁や天井。ぶら下がるのは高級磁器マイセンで作られたシャンデリア。思わず目がくらむ。
敷地内には人工の鍾乳洞「ヴィーナスの洞窟(どうくつ)」もある。当時の最新技術で照明を赤や青に刻々変化させ、池に浮かべた小舟の上で王は夢うつつのオペラの世界に浸ったという。よくもまあ、とあっけにとられるばかりだ。
立地的に南欧の影響が強いバイエルン州。「受難」を演じる村人も素顔はとても陽気だ。晴れ間はほんの一瞬で天候には恵まれなかったが、人懐こい笑顔と、州特産の芳醇(ほうじゅん)な小麦ビール「ヴァイツェン」に酔い、心も体も温まった。